都市斜面の地下水問題とは
都市化以前の郊外では,崖からの湧水を集めて流れている中小河川が数多くありました.東京の武蔵野台地を刻む野川はその代表的な例です.野川の周辺では,“ハケ”と呼ばれる崖下の湧水地を中心に独特の文化と環境が育まれていました.また,大阪でも天王寺七坂と呼ばれる上町台地西縁の崖に湧水が点在し,江戸時代には貴重な水源として使われていました.現在でも,四天王寺境内の亀井や新清水寺の玉出の滝(大阪市内唯一の滝)にその名残を見ることができます.こうした湧水点は“水みち”の露頭と考えられます.一般に地下水は帯水層中をゆっくりと流れていますが,その中でも局所的に流れやすい“水みち”と呼ばれる小さな経路があると言われています.水みちは,井戸や樹木(雑木林)によって強制的に汲み上げられることによっても成長し,維持されます(文献1).都市化以前の生活とは,そうした水みちによって支えられた暮らしでもありました.
写真 1 玉出の滝
しかし,近代化(都市化)によって,地表が改変され,井戸が使用されなくなると,水みちが破壊されて湧水も減少していきました.不浸透域の拡大によって,雨水の地下浸透が大幅に減少したことも重要な原因のひとつです.横浜北部(青葉区,緑区,都筑区,港北区)では,1983年に確認されていた湧水187箇所が,わずか9年後の1992年には約半数に減少したという記録もあります(文献2).また,地下構造物の増加もその傾向に拍車をかけました.前述の大阪天王寺の湧水群も地下鉄谷町線の建設によってほとんどがなくなってしまいました.地下水の水質汚染も深刻であり,湧水に象徴される都市の地下水文化と環境は危機的な状況にあると言えます.
このように都市化によって,われわれを取り巻く地下水環境は悪化しましたが,地下水そのものが無くなる事はありません.地上で見えなくなった地下水(湧水)は,地下の下水道や地下鉄,地下街に流れ込んでいます.実際に下水道に流れ込む地下水は膨大な量で,東京都区部の下水処理施設からの排水のうち,下町では30~50%,山の手では約10%が地下水であると言われています.これでは,汚水を処理しているのか,貴重な地下水を捨てているのかわからない状態です.一方,水道からの漏水も膨大な量であり,地下水の新たな涵養源となっています.1992年の試算によれば,東京都区部での漏水量は実に49万トン/日であり,年間降水量の約25%に達すると言われています(文献3).まさに,“水みち”に代わる“水道”が人工的に作り出されたわけです.こうした漏水によって,新たな水道”の周囲ではしばしば洗掘が発生し,空洞の成長によって地表の陥没等の災害が発生します.また,地下水位の上昇によって浮力で地下駅が変形するなど,地下構造物にも予想外の悪影響が発生しています.
図 1 都市斜面における豪雨災害の例(呉)
一方,斜面の造成地の地下には水道管と下水管が網の目の様に埋まっており,人工の涵養源と排水路を利用した地下水系が出来上がっています.特に,谷埋め盛土を建設すると,周囲よりも水位を低下させていた谷が消滅するため,地下水位が上昇する傾向が見られます.もちろん,下水管による排水が行われますが,谷埋め盛土自体が広域の地下水流動系に対する強力な集・排水システムなので,通常の排水計画では不十分な場合もありえます.更に,水道の本管は多くは元の谷筋に沿って埋設されていますし,地盤も悪いことから,水道からの漏水量は,通常の場所に比べて多いと思われます.そうしたわけで,現実の古い谷埋め盛土では,盛土内部の浅い位置に地下水位が形成されている事が普通です.地震時には谷埋め盛土が滑って災害を引き起こすことが頻繁にありますが,その主要な原因のひとつは,盛土内部に地下水が溜まりやすいことだと思われます. (釜井 俊孝)
参考文献
1)水みち研究会:『井戸と水みち』,北斗出版, 1998.
2)横浜北部湧き水探偵団:『横浜丘の手湧水マップ』, 1998.
3)安原正也:都市の地下水に今なにが起きているのか,地質ニュース513,pp.11-19, 1997.
本記事は (社)土木学会編「知っておきたい斜面のはなしQ&A -斜面と暮らす-」 pp.178-179 に掲載されています。